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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)1002号 判決 1964年5月14日

控訴人 韓雄東

被控訴人 宗教法人 カトリツク・コングレガシオンド・ノートルダム修道会

主文

本件控訴を棄却する。

控訴審での訴訟費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し、原判決添付物件目録記載の土地につき所有権移転登記手続をなし、かつ、同目録記載の建物を収去して右土地を明け渡せ。訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文第一項と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用及び認否は、左記のほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

控訴代理人は、次のとおり述べた。

控訴人と訴外黄弄珠及び同李昌根との間でなされた本件土地の売買契約は、左記(1) ないし(5) の事情を総合すれば、外国人の財産取得に関する政令の適用をまつまでもなく、民法第九〇条により無効である。

(1)  買主である黄、李両名は、韓国人であり、かつ右売買契約当時まだ韓国に居住して、日本への密入国を準備していた。

(2)  右売買の買受代金は、当時日本にいた訴外ジエイソン・エム・リーが日本円で当時韓国にいた黄、李両名のために控訴人に支払つたものであつて、右代金の支払及び受領は、外国為替及び外国貿易管理法第二七条第一項第三号、第七〇条に違反する。

(3)  右売買に際し、黄、李両名の代理人であつたリーの当時の日本在留資格は、出入国管理令第四条第一項第五号所定の「本邦で貿易に従事し、又は事業若しくは投資の活動を行おうとする者」であつて、リーが当該官庁の許可を受けないで、右貿易等の活動以外の活動である本件買受代理行為をしたのは、出入国管理令第一九条第二項、第七三条に違反する。

(4)  リーは、控訴人が本件土地を訴外日本タイプライター株式会社から買い受けた代金の残金五十万円及び事業運営資金の捻出に窮しているのを奇貨とし、履行の意思がないのに、本件土地のうち八反七畝一歩の無償使用と事業資金の無条件提供とを約して、控訴人を誤信させ、よつて、黄、李両名の代理人として、控訴人から、当時すでに時価金一千万円以上の本件土地を、二年前に控訴人が前記訴外会社から買い受けた価格と同一の不当に廉い価格で買い受けた。

(5)  黄、李両名は、本件土地の所有権移転登記手続当時まだ韓国に居住していたため、所要書類である両名の外国人登録済証明書を提出することができず、登記官吏を不正に買収して右証明書の提出をはぶかせたばかりでなく、右手続にあたり両名の住所として申請し、登記簿に記載させた調布市下石原六〇〇番地は、まつたく不実のものであつた。

<立証省略>

理由

本件土地がもと訴外日本タイプライター株式会社(以下日本タイプという。)の所有であつたことは、当事者間に争がない。

控訴人は、控訴人が日本タイプから本件土地を買い受け、これを李昌根、黄弄珠の両名に転売したと主張するのに対し、被控訴人は、日本タイプから本件土地を買い受けたのは控訴人ではなく、ジエイソン・エム・リー、黄弄珠の両名であると主張するので、判断する。

いずれも成立に争のない甲第七号証の一ないし五、原審証人本間虎治の証言により成立の認められる同第十二号証、原審証人本間虎治、同鈴木多人の各証言、原審(第一、二回)及び当審での控訴人、原審での第一審被告黄弄珠の各本人尋問の結果(ただし、証人鈴木多人、第一審被告黄弄珠の各供述中後記信用しない部分をのぞく。)と本件口頭弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

控訴人は、本件土地上に工場を建設して建築材料用コンクリートブロツク製造事業を営む目的で、昭和二十四年九月十日日本タイプとの間に本件土地を金二百万円で買い受ける旨の契約をなし、昭和二十六年四月二十日までの間数回にわたり、右代金の内金として合計百五十万円を支払つたが、残金五十万円については、資金がなく、その支払に苦慮していた。

控訴人は、その頃たまたまジエイソン・エム・リーと知合になつたが、リーは、当時朝鮮動乱のため京城から釜山に避難していた父李昌根及び内縁の妻黄弄珠の意向により、日本国内に同人等の住む土地を物色していた。そこで、昭和二十六年六月頃、控訴人とリーとの間に、控訴人は本件土地を金二百万円でリーの代理する李、黄両名に売り渡すが、李、黄両名は本件土地のうち約八反を控訴人の前記事業の工場敷地として貸与し、かつリーは控訴人が前記事業を営むについて必要とする資金を援助する旨の契約が成立した。

リーは、右契約に基づき、李、黄両名の買受代金のうち金五十万円を控訴人に支払い、控訴人は、同月八日、受け取つた右金員を日本タイプえの買受残代金に充て、本件土地の所有権を取得した。その後、リーは、李、黄両名の買受代金の残額金百五十万円を支払い、李、黄両名が本件土地の所有権を取得した。

原審での証人鈴木多人、第一審被告黄弄珠の各供述中右認定に反する部分は、前記各証拠と対比して容易に信用し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

控訴人は、控訴人と黄、李両名の間でなされた本件土地の売買契約は民法第九〇条により無効であると主張するので、判断する。

控訴人は、右売買契約が民法第九〇条に違反する理由として、(1) 黄、李両名が韓国人で右契約当時まだ韓国に居住して日本への密入国を図つていたこと、(2) リーが外国為替及び外国貿易管理法第二七条第一項第三号、第七〇条に違反して非居住者である黄、李両名のために控訴人に買受代金を支払つたこと、(3) リーが出入国管理令第一九条第二項、第七三条に違反して在留資格で認められた貿易等以外の活動である本件買受代理行為をしたこと、(4) リーが控訴人を欺罔して不当に廉い価格で買い入れたこと、(5) 黄、李両名が所有権移転登記手続にあたつて、登記官吏を買収して外国人登録済証明書を提出せず、また不実の住所を記載して申請したことを主張しているが、右控訴人主張のような各事実があつたとしても、個々の事実についても、またそれを綜合しても、それだけでは、ただちに控訴人と黄、李両名間の本件土地の売買契約が公の秩序善良の風俗に反する事項を目的とする行為であるとは、認められない。ことに右(2) の外国為替及び外国貿易管理法第二七条第一項第三号、第七〇条、(3) の出入国管理令第一九条第二項、第七三条各違反の点も、これらの条項は違反行為の私法上の効果までも、否認したものとは解せられないから、控訴人の主張は理由がない。

控訴人は、黄、李両名の本件土地買受は外資委員会の許可を受けないでなされたから無効であると主張するので、判断する。

右買受当時施行されていた外国人の財産取得に関する政令(昭和二四年政令第五一号、昭和二七年法律第八八号による改正前のもの)によると、戸籍法の規定の適用を受け本籍を有すべき者以外の者(ただし、昭和二十年九月二日に日本の国籍を有し、かつ同日以後引き続き右政令施行地域に居住する者は、除外する。)は外国人とし、土地(自己の居住の用に供するために通常必要と認められる土地を除く。)を取得しようとするときは、外資委員会の認可を受けなければならないと定められている。

成立に争のない乙第七号証及び原審での第一審被告黄弄珠本人尋問の結果によると、李、黄両名は、いわゆる朝鮮人であつて、戸籍法の適用を受け本籍を有すべき者以外の者であることが明らかであり、また前段認定の事実によると、昭和二十年九月二日以後引き続き右政令施行地域に居住していた者ではないことが認められ、さらに本件土地は、その面積から考え、李、黄両名の居住の用に供するために通常必要と認められる範囲をこえるものと認められるから、右両名が本件土地を買い受けるにあたつては、外資委員会の認可を要したものであるところ、右両名が右認可を受けたことについては、被控訴人において主張、立証しないところである。

しかしながら、右のような場合、当事者の意思は、結局認可があることを条件として買い受けるものと認めるを相当とするところ、昭和二七年法律第八八号による外国人の財産取得に関する政令の改正と、これに基づく昭和二七年大蔵省通商産業省告示第一号により、大韓民国の国籍を有するものは、同令の規定の適用を受けないことになり、昭和二十七年四月二十八日以後は外資委員会の認可を受けないで土地を取得することができることになつたから、李、黄両名のなした本件土地の買受は、これにより完全に効力を生じたものといわなければならない。

そうであるとすれば、控訴人と李、黄両名の間でなされた本件土地の売買契約は有効であるから、右契約が無効であることを前提として控訴人が本件土地の所有権を有するとし、被控訴人に対し本件土地の所有権移転登記手続及び本件土地上の建物の収去、本件土地の明渡を求める控訴人の本訴請求は、その他の点について判断するまでもなく、失当として棄却を免れない。

よつて、右と同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項を適用してこれを棄却し、控訴審での訴訟費用の負担について同法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 村松俊夫 杉山孝 山本一郎)

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